[基礎学習]エンタープライズ営業におけるアカウントプランの作成と活用

エンタープライズ市場向けの営業活動において、ターゲットが明確になったあとに行うのは、業界・顧客理解を前提としたアカウントプランの作成です。
アカウントプランは、ターゲット企業(アカウント)とどのように関係を構築し、開拓を進めていくかを具体的にまとめた行動計画書といえます。アカウントプランを作成・活用することで、複雑なエンタープライズ営業活動を効率化・可視化し、成果につながる可能性を高めることができます。
このレッスンでは、アカウントプランの基本から作成方法、そして成果を出すための活用ポイントまでを詳しく解説します。

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[基礎学習]エンタープライズ営業におけるアカウントプランの作成と活用
目次

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アカウントプランとは?

アカウントプランを一言で表すなら、「特定のターゲット企業を開拓・深耕するための計画書」です。アカウントプランは、単なる顧客情報のリストやIR資料の抜粋資料ではなく、「顧客とどのような関係になりたいか」というゴールを定義し、ゴールに着実に到達するための道筋を示した「行動計画書」と考えるとわかりやすいでしょう。

アカウントプランの必要性

なぜアカウントプランがエンタープライズ営業に求められるのかは、SMB営業(中堅・中小企業向けの営業)が「短距離走」に例えられるのに対し、エンタープライズ営業が「長距離走」に例えられることに理由があります。

SMB営業では短期間で結果が出やすいため、スピード感のある対応が求められる場面が多い一方、エンタープライズ営業では複雑な組織や意思決定構造に対応するために、より戦略的な思考と行動し続ける持続性が求められます。

アカウントプランは、属人化しやすい複雑で長期間にわたる活動を整理し、組織として戦略的にターゲット企業にアプローチするための基盤となりえます。

アカウントプラン作成の目的

アカウントプランは、エンタープライズ営業において、特定の企業との関係を深め、ビジネスを中長期的に発展させるための重要な計画書です。アカウントプランを作成する目的は多岐にわたりますが、主に以下の3つにまとめることができます。

ターゲット企業との関係構築とビジネスの長期的な発展

アカウントプランの最も基本的な目的の一つは、「ターゲット企業と長期的に良好な関係を続けるための計画」を立てることです。

エンタープライズ営業では、特定のターゲット企業に対して、単年度の売上や利益だけではなく長期的に得られる利益である「顧客生涯価値(LTV)」の最大化を目指します。

ターゲット企業と長期的なパートナーシップを構築し維持するためには、顧客の組織的課題を深く理解し、課題に基づいた情報・商品・サービスを提供する必要があり、継続的な活動を維持するためには、アカウントプランが欠かせません。

最適なリソース配分による効率的な活動の推進

アカウントプランの目的の一つに、自社の保有するリソースの最適な配分があります。

エンタープライズ営業では、ターゲット数は少ないものの、複数の企業に対して長期間にわたる負荷の高い営業活動を行う必要があり、限られた組織のリソースをどの企業にどこまで割くか、どのような施策を行うか、社内の他部門にどのような協力を仰ぐかの意思決定が成果に直結します。

しかし、各営業担当者は、当然ながら自身の担当する企業にできるだけ自社のリソースを割いて欲しいと考えるため、納得感のある最適な配分を行うことは簡単ではありません。

組織としてのリソースを最適に配分するために、各営業担当者には、ターゲット企業に対するアカウントプランの作成と営業活動を通じた得られた情報に基づいたプランの見直し、最終的にターゲット企業から見込める収益(LTV)を予測することが求められます。

作成されたアカウントプランとプランの進捗状況が共有されることで、商談としての勝ち目や収益予測に基づく適切なリソース配分を行うことができるようになります。

また、アカウントプランを社内関係者と共有することで、同じ地図を見てゴールを目指すことができ、現在地のすり合わせが容易になり、他部署からの協力やフォローもスムーズになるという利点もあります。

顧客との関係性の可視化と属人性の排除

エンタープライズ営業では、ターゲット企業の組織規模が大きく、商品やサービスの発注に関わる関係者が非常に多岐にわたり、意思決定プロセスも複雑です。そのため、個人の感覚に頼る属人的な営業活動では、成果を上げ続ける再現性を保つのは容易ではありません。

アカウントプランは、このような複雑な状況を可視化し、自社内の関係者が共通認識を持った上で営業活動を行うことを実現します。

例えば、アカウントプランではざまざまな情報をまとめていきますが、ターゲット企業内の組織と人の関係性を図に表した「バイヤー相関図」(リレーションマップ)をアカウントプランの中に含めることが一般的です。

「バイヤー相関図」を作成することで、誰がどのような課題を抱えているか、自社の商品やサービスに好意的な立場をとっているのは誰か、次に攻略するべきなのはどの部門の誰なのかを可視化することができます。

なかなか成果が上がらない営業担当者は、顧客企業内の状況を把握しきれずに、案件を進めるための適切な担当者や意思決定者にアプローチできていないことが多いのが実情です。

アカウントプランを作成することで、誰が意思決定に関与し、どのような影響力を持っているのかを可視化し、適切なアプローチ戦略を立てることができます。

アカウントプランで作成すべき項目

これからエンタープライズ営業を始めようとする組織で新たにアカウントプランを作成すると、数十ページを超えるような、読むだけで苦労する大作ができてしまうことがあります。

アカウントプランの目的には、社内の各部門に協力を得ることもあるため、誰が読んでも現時点での顧客との関係性や、いま取るべきアクションが明確にわかるようなシンプルな内容にまとめるのがおすすめです。

アカウントプランとしては、以下のような項目を含めてまとめることが多いため、参考にしながら、自社独自のアカウントプランを作り上げていきましょう。

顧客企業概要

会社概要

顧客企業概要は、ターゲット企業の基本的な情報を事実を基にまとめたもので、企業のウェブサイト、会社四季報、有価証券報告書などの公開情報を基に作成します。

まずは、企業の規模、事業内容、業績、主要な競合や顧客などがわかれば問題ありません。営業活動を進める中で得られた新しい情報(定性情報含む)も随時更新していきましょう。

記載内容:企業名、売上高・利益の推移、業界、従業員数、主要事業内容、主要競合、主要顧客など。

顧客の戦略と課題の仮説

顧客の戦略と課題の仮説

顧客の戦略と課題の仮説は、ターゲット企業の中長期の企業戦略をまとめたもので、中期経営計画などの公開情報を基に作成します。

ターゲット企業が目指しているゴールと現状、課題解決の方向性が見えれば、自社の商品やサービスでどのように課題解決を手伝えるのかを考えるきっかけを得られます。

ただし、公開情報から得られる情報は、抽象度が高く、優先度などもはっきりしないことも多いため、あくまで仮説としてまとめて、実際に顧客とコミュニケーションを取りながら精度を高めていく必要があります。

この仮説がないと最初にどこからアプローチを始めるのかなどの具体的なプランを考えることもできません。最初の精度は低くて構わないので、素早く仮説を構築することを意識するとよいでしょう。

記載内容:ターゲット企業の現状と5年後の目標、現状の課題、課題解決の方向性など。

グループ会社と組織図

グループ会社と組織図

ターゲット企業をどこから攻略していくのかを検討するためには、企業の組織図が欠かせません。企業の戦略は組織体制に現れることが多いため、企業の戦略などを理解する上でも重要な情報といえます。

例えば、これまでになかった新たな部門や事業部が新設された場合、その組織は戦略を遂行する上で重要なミッションを担っている可能性が高く、直接販売には関わらなくとも、情報収集先としては優先度が高くなります。

この後説明するポテンシャルマップやバイヤー相関図(リレーションマップ)を作成する上での基礎情報ともなるので、公開されている組織図などをもとに事実ベースでまとめるとよいでしょう。

また、将来的なポテンシャルを見極める上では、親会社や子会社などの企業グループに関連する情報も押さえておきましょう。直接のアプローチが難しい企業であれば、融資元である金融機関や親会社、関係の深いパートナー企業などを経由してアプローチを行うこともあるため、資本関係に関わらず影響を及ぼす可能のある企業を押さえておくと有用な情報となりえます。

記載内容:組織図、グループ企業関連図など。

ポテンシャルマップ

ポテンシャルマップ

ポテンシャルマップは、ターゲット企業からどの程度の将来的な取引量(想定ポテンシャル)が見込めるのか、現時点ではどの程度の取引量があるのかを可視化して整理する資料です。

対象アカウントの将来的な収益性を、事業部別、部署別、提供サービス別に整理することで、優先度やリソース配分の検討に役立ちます。

作成の形式としては、縦軸にターゲットアカウントの組織を、横軸に自社商品・サービス名を記載した表とするのが一般的です。ただし、自社のサービスの位置づけなどにもよって取るべき軸は変わるため、自社のマーケティング・営業手法なども意識しながら、適切な軸や軸の粒度を設定しましょう。

想定ポテンシャルは将来的に可能性のある取引量となるため、組織ごとの生産量や所属人員数など、自社のサービスの購入量に影響する基礎的な数値などをもとに仮説を立てて、徐々に精度を上げていくことが求められます。

記載例:ターゲット企業の組織、自社サービス、想定ポテンシャル、現時点での取引量など。

バイヤー相関図

バイヤー相関図

バイヤー相関図は、ターゲット企業の組織や人の役割や人間関係、自社との関係性を可視化したもので、リレーションマップやパワーチャートとも呼ばれることもあります。

バイヤー相関図は、現時点でどの組織の誰に、どのようなアプローチをするべきか、商談を進める上で押さえてくべき組織や個人は存在するのかなどを把握するために必須となる資料です。事前にまとめた組織図レベルから一歩踏み込んで、部門と個人の関係性や意思決定の影響力に焦点を当てている点が特徴といえるでしょう。

エンタープライズ企業では、担当者や意思決定者だけでなく、社内の稟議申請に関わる合議部門(購買、財務、システム、セキュリティ部門)などが存在することが一般的です。

エンタープライズ企業向けの商談では、担当者や意思決定者とは順調に話を進めていたのに、思わぬ側面からリスクを指摘され、受注に至らなかったといった結果に陥ることがあります。そのような状況にならないためには、あらかじめ商談に影響を及ぼす可能性がある組織や個人を特定し、事前にアプローチを行ってリスクを最小限に押さえる活動を行う必要があります。

バイヤー相関図を常に最新の状態に更新することで、エンタープライズ企業の複雑な意思決定プロセスを可視化し、エンタープライズ企業の攻略において、取るべきアクションやリスクを適切に判断しやすくなります。

記載例:自社の商品に関わる組織と個人、役割(利用、決済、合議など)、スタンス(推奨、中立、反対など)、コンタクト状況など。

アクションプラン

中長期アクションプラン
年間アクションプラン

アクションプランでは、ターゲット企業の開拓や関係性構築のための具体的な活動計画を策定します。

エンタープライズ営業では、長期的な行動計画が必要となるため、中長期(3~5年)のアクションプランと短期的なアクションプラン(半年から1年)を分けて記載するとよいでしょう。

長期的なゴールだけを定めると、そこに至るまでの活動が曖昧になりマネジメントが困難になるため、区切った期間ごとの定性目標と計測可能な定量目標を明確に設定します。

具体的な期限とアクションを設定することで、日々の活動が明確になり、定期的な評価や行動の改善を行うことができるようになります。また、社内の関係部署に協力を仰ぐ必要がある場合には、アクションプランに必要な協力内容を明記をした上で、合意をとるようにしましょう。

記載例:定量目標、定性目標、具体的なアクションなど。

ここまでご紹介したアカウントプランのサンプルテンプレートをPowerPoint形式のファイルでダウンロードできるようにしてあります。

必要な方は、以下のリンクからダウンロードして参考としてください。

[ダウンロードリンク]

アカウントプランの作成手順

ここまでアカウントプランに含まれる一般的な内容を解説してきましたが、ここからは、アカウントプラン作成手順の3つのステップを説明していきます。

ステップ1:情報収集

アカウントプラン作成の最初のステップは、情報収集です。プラン作成に必要なターゲット企業の情報を可能な限り集めるようにしましょう。

前述の「顧客企業概要」の作成に必要な公開情報はもちろんのこと、営業活動を通じて得られた定性的な情報(組織文化、担当者の個人的な背景、社内での評価、他部署との関係性)なども非常に重要です。

エンタープライズ企業の場合、公開情報も多くなりますが、関係構築や商談を押し進めるために必要な情報収集は簡単ではないため、さまざまな部門が協力して行うことが推奨されます。

ただし、ターゲット企業との関係が一切ないゼロからの情報収集の場合には、時間を掛けすぎても公開情報だけからは質の高い情報は得られないため、ある程度の割り切りを行った上で、直接の情報収集を早めに行いましょう。

ステップ2:プランの作成

ステップ1で収集した情報とこれまでの経験基づいて、具体的なアカウントプランを作成します。

前述の主要項目を中心に情報を埋めていきますが、単に情報を並べるだけでなく、ターゲット企業に対して自社の商品・サービスがどのように貢献できるのか、誰に、いつ、どのように提案するかといった点を明確に盛り込みます。

ただし、ゼロからの関係構築となる場合には、最初から具体的な提案に進めることはほとんどありません。顧客にとって有用な情報提供(他社事例など)を提供したり、セミナーに参加してもらうなど、直接商談につなげる以外のアプローチも含めるように意識するとよいでしょう。

また、アクションプランは、中長期的な計画であるため、最初から完璧なプランを目指すよりは、仮説を素早く作成して、次のステップであるアクションの実行につなげることを目指しましょう。

ステップ3:プランの実行と見直し

ステップ2で作成したアカウントプランに基づき、ターゲット企業への具体的なアプローチを開始します。

実際には、アプローチを開始しても計画通りに進まないことの方が多くなるため、プランとして作り上げた仮説が正しいのか、取引先のニーズ、市場環境の変化などが発生していないかを確認しながら、柔軟にプランを見直すことが重要です。

最初のプラン作成時点では精度を求める必要はありませんが、見直しにより一定以上の精度がないと、無駄な活動が増えて営業活等の効率が低下し、他部門からの協力を得ることも難しくなります。

つまり、アカウントプランは作成して終わりではなく、実行と見直しを繰り返してプランの精度を上げていくことがエンタープライズ営業の担当者に求められる活動といえるでしょう。

アカウントプラン活用のポイント

アカウントプランは、作成して終わりではなく、継続的に活用してこそ価値を発揮します。アカウントプランの活用のポイントをいくつかご紹介します。

社内関係者との最新情報の共有

作成したアカウントプランは、営業担当者やマネージャ―だけでなく、マーケティング、商品開発、カスタマーサクセスなど、ターゲット企業に関わる可能性のある全ての社内関係者に共有しましょう。

共有方法としては、必要な時にすぐ参照できるよう、CRM/SFAツールの取引先情報に添付したり、クラウドストレージのリンクとして記載するなど、関係者がアクセスしやすい場所に保存し、常に最新版を確認できるようにするとよいでしょう。

情報の更新は、アカウントの担当営業が中心となって行いますが、「気づいたら更新」ではなく、週に一度、月に一度など、更新する日やタイミングを決めておくと継続しやすくなります。

アカウントプランの共有会議の開催

アカウントプランが共有されることで、関係者全員が「同じ地図」を見てゴールを目指すことができ、連携がスムーズになり、顧客に対する一貫した対応が可能となります。

ファイルの共有だけでなく、アカウントプランの進捗状況を営業部門内や各部門と共有する会議体を定期的に開催するのもお勧めです。

会議では、アカウントプランの内容を基に、現状の進捗確認、商談を進める上での課題、具体的なネクストアクションについてディスカッションを行います。

営業現場での会議は月に1回程度、他部署の関係者も交えた会議は四半期に1回程度を目安とするとよいでしょう。

ポイントは、アカウントプランを読めばわかるような単なる情報共有で終えずに、マネージャーが部下に対してアプローチ方法やリスクへの対応策について指示を出したり、他部門への具体的な協力を依頼するなど、次の行動につながる会議体とすることです。

バイヤー相関図を活用した効果的な指示や連携

バイヤー相関図は、上司が部下の商談状況を把握し、具体的な指示を出す上で非常に強力なツールとなります。

例えば、商談が停滞している際に、バイヤー相関図を見て、顧客組織内の力関係やキーパーソンへの影響者を確認し、「あの人に協力を仰げないか」「あの部署に先にアプローチしてみよう」といった、状況を打開するための具体的なアイデアや指示を出すことができます。

また、営業部門以外の人脈からターゲット企業へのアプローチがうまくいくこともあるため、関係部門の担当者が持っている名刺情報も一元的に管理し、さまざまなルートからのアプローチを模索することも忘れないようにしましょう。

まとめ

本レッスンでは、中小企業がエンタープライズ市場を攻略し、営業活動を効率化・可視化させるための強力なツールであるアカウントプランについて解説しました。

アカウントプランは、特定のターゲットアカウントと継続的かつ良好な関係を保ち、顧客生涯価値(LTV)を最大化するための中長期的な行動計画書です。

アカウントプランの作成には多大な時間とリソースを要しますが、一度体系的なアカウントプランを組み上げ、それを組織的に活用できるようになれば、属人的になりがちなエンタープライズ営業において、強固な支えとなり、収益力向上に繋がるでしょう。

次のレッスンでは、エンタープライズ営業における他部門との連携について詳しく解説していきます。